行政の立場

 

先週、柏市が柏レイソルに200万円(全体の9%に当たる)、同後援会に500万円の出資を決定した。

クラブ創立当初から行政が出資していた鹿島や清水等他のクラブと比べると遅きに失した感は否めないが、

昨年来のJクラブを襲った激震を考えれば、多少なりとも前向きな話題と言えよう。


確かに、多額の赤字を抱え、取締役の削減やカンパニー制度の導入など、

大きなリストラを迫られている親会社日立製作所が、リスクを分散させたい意向を持っていたことも推測出来る。

ただ、運営主体である日立スポーツ側としては、以前より市側に協力を求めていた事情もあり、

今回の決定には「やっと」の思いが強いだろう。


現在、行政側がJクラブに全く出資していないのは、ヴェルディ川崎やジェフ市原などが挙げられるが、

今後こうした協力体制は、より不可欠なものとなっていくだろう。


昨年、NHKでアビスパ福岡の行政支援を追ったドキュメンタリーが放送されたが、

あのように議会で問題視されるほど巨額の赤字を出す中でも、

スポーツが生み出すパワーを無視出来ないと感じた人は多かったと思う。

それは、ひとえにJの理念が間違ってはいないことの証明とも言えるのではないか。

クラブ・行政・地域住民が一体となってスポーツ文化の創造、醸造を追い求める。

それは、人が楽しむために生きるという原点に返る大きな手段となり得るのである。

実際、J1参入決定戦の博多の森では、議員や公務員、

スポンサーなどの立場を超えたスポーツに対する純粋な感動が、スタジアムを熱く覆ったはずだ。


ひるがえって、横浜市が2つのクラブの合併を企業の都合を最優先し、

ためらいもなく受け入れた状況に多くの人が違和感を覚えたのは記憶に新しい。

Jの理念に共鳴し、ホームタウンとなったはずの行政が、何故手を貸そうともしないのか。

何故、ただの傍観者に過ぎなかったのか。これは今後も横浜F・マリノスや横浜フリエFCはもちろんのこと、

多くのクラブにも課せられる問題である。


しかし、逆に何故クラブ側は行政との距離を遠いものにしてしまうのか。

そこには、日本固有のお上意識と企業の論理とのぶつかり合いや、

納税者の意志(多数意志)と、一サッカークラブとしての関係もあるだろう。

実際、プロ野球は税金を使わないのに、サッカーにだけ税金を使うのはおかしいという意見も聞く。

サッカーだけが特別扱いされる理由はないはずだという意見も的外れではない。

だが、忘れてならないのは、Jの理念が文化の創造を謳っていることだ。

現在はサッカーという単独スポーツ種目しかないが、そこからでも地域に貢献していく事は出来るはずだ。

方法はなんでもいい、知名度を生かしたイベントでも、サッカー教室でも、ボランティア活動でも出来よう。

その一つ一つが文化を構築していく事となるはずだ。

とすると、行政がスポーツ組織を通じて文化の担い手の一端となるのは本来自然なことではないか。

地域住民というのは一企業の社員だけで構成されている訳でもないし、ある特定のスポーツファンという訳でもない。

行政が行うべき仕事は、そこに住む人々が暮らし易い環境を提供する事に他ならない。

人々が生き生きと生活する為の環境作りをするのが行政だとしたら、何故手をこまねいているのだろう。

多額のお金を生み出すのものや建造物や美術品だけが文化ではないのだ。

行政がその独自の文化を構築する上でJクラブを利用し、

一緒に支えていくことはアイデンティティーの失われがちな現代でこの上ない手段だと思うのだが・・・


行政との関係を作れないクラブ側は観客減というしっぺ返しを受けて来たが、

行政はもっと大きなものを失う事になるかもしれないと考えるのは私だけだろうか。